


「いのち」の歌声とCauxへの想い
― 私が歩んできた平和へのご縁 ―
昨年開催された大阪・関西万博で、私は忘れることのできない感動に出会った。
その機会は実に思いがけないものであった。友人からご招待をいただき、万博会場のメインホールで上演された橋本ご夫妻による「いのち」のコンサートを拝見することになったのである。
会場に足を踏み入れた私は、まさかその舞台が後にスイス・Cauxへとつながる国際的なプロジェクトへ発展するとは想像もしていなかった。「いのち」は、大阪・関西万博のテーマそのものを題材として創作された作品であった。
約200名の子どもたちによる大合唱と、同じく約40名の小・中・高学生によるフルオーケストラが一体となり、壮大なスケールで生命の尊さを表現していた。子どもたちの澄み切った歌声、若い演奏者たちの真摯な演奏、そして宇宙を想起させる幻想的な映像演出。そのすべてが見事に調和し、私は深い感動に包まれた。
演奏の合間には橋本氏ご自身が指揮を執りながら、「いのち」の尊さや平和への願いについて語られた。
その言葉を聞きながら、私は「これこそ万博の理念を最も美しく体現した舞台ではないか」と感じた。
そして同時に、ある思いが心の中に芽生えていた。
この作品は万博だけで終わるべきではない。世界へ向けて発信されるべき作品ではないか。
終演後、ご招待くださった方のご厚意で舞台裏に案内していただき、橋本ご夫妻に直接お会いする機会を得た。
私は率直に感動をお伝えし、「この作品は世界へ発信すべき価値を持っています」と申し上げた。
その瞬間、私の脳裏に浮かんだのが、長年ご縁をいただいているスイスの国際平和団体Caux Initiatives of Changeであった。今日の世界では、分断や対立、差別や紛争が絶えることがない。
そのような時代だからこそ、「いのち」をテーマに生命の尊さと平和への願いを表現する子どもたちの歌声は、国境を越えて人々の心に響くに違いないと確信したのである。
実は私とCauxとのご縁は、半世紀以上前にさかのぼる。私が幼い頃、母は同じ聖心女学校の同窓で、日本を代表する平和活動家であった故・相馬雪香様と親しい交流があった。相馬様は1950年に初めてCauxを訪れ、その理念に深く共感されて以来、日本における平和活動を支えながら何度もCauxを訪問されていた。母もまたその活動を支援しており、私は幼い頃から自然とCauxの存在を耳にして育った。
そして2002年、世界銀行ワシントン本部での勤務を終えて帰国した翌年、私は初めてCauxの夏季Round Table会議に参加した。レマン湖を見下ろす美しい山上の古城ホテルに世界各国から人々が集い、国籍や宗教、文化の違いを超えて平和について語り合う。その一週間は、私の人生において忘れ難い経験となった。
世界銀行時代、私は多くの途上国支援プロジェクトに携わった。時には困難な交渉や厳しい現実にも直面した。しかしCauxで経験した人と人との対話の力は、それらとはまた異なる意味で私の心に深く刻まれた。
その後、2004年から2007年にかけて、日本能率協会顧問として次世代の経営リーダー育成プログラムを企画した際には、日本企業の有望な管理職を毎年選抜し、欧米企業の視察とともにCaux会議へ参加していただいた。
参加者たちは世界各国の人々との交流を通じて、多くの学びと友情を得た。当時のCauxではすでに、「企業は利益追求だけでなく社会への責任を果たすべきである」という理念が繰り返し語られていた。
今日ではCSRやESGという考え方が広く浸透しているが、その源流の一つがCauxにあったことはあまり知られていない。昨年10月、私は久しぶりにCauxを訪れた。そして理事長にお会いし、大阪・関西万博で出会った「いのち」のコンサートについて説明した。日本の子どもたちが歌う平和へのメッセージを、2026年のForumで紹介できないだろうか。その提案に対し、主催者側は大変強い関心を示してくださった。「この企画はCauxの理念と極めて親和性が高い」そのような評価をいただき、創設80周年記念事業として前向きに検討するとの回答を得ることができた。
そして間もなく正式な招待状をいただくことになったのである。さらに嬉しかったのは、この企画が単なる日本からの招待公演にとどまらなかったことである。
スイス、フランス、ドイツの子どもたちも参加する国際プロジェクトへと発展し、4か国の子どもたちによる「いのち」の国際コーラスとして実現することになった。大阪万博から生まれた歌声が、今度は世界の子どもたちを結び付ける。これほど意義深い展開はないと思っている。振り返れば、Cauxの歴史そのものが和解と平和の歴史であった。
第二次世界大戦後、フランスとドイツの和解がなければヨーロッパの未来はないとの信念のもと、両国の対話と協力が進められた。その流れは後の欧州石炭鉄鋼共同体へとつながり、さらに欧州共同市場、そして今日のEUへと発展していった。私が1961年にパリ大学へ留学していた頃、まさに欧州統合の機運が高まりつつあった。その後Cauxを訪れ、ヨーロッパ統合を支えた精神的土壌の一端を知った時の感動は今も鮮明に覚えている。
現在、世界では再び分断が広がっている。ウクライナ、中東をはじめ、多くの地域で人々が平和を願いながら困難な状況に置かれている。そのような中でCauxは変わらぬ理念を掲げ続けている。
「憎しみではなく愛を」「争いではなく許しを」「分裂ではなく一致を」
私が長年Cauxに心を寄せてきた理由も、まさにそこにある。
人種、国籍、宗教の違いを超えて人々が集い、互いの話に耳を傾け、理解し合おうと努力する。
その対話の文化こそが平和への第一歩であると私は信じている。
今年のForumでは、「いのち」の国際子どもコーラスに加え、日本からウクライナの子どもたちへ絵本を寄贈する平和文化プロジェクトの紹介や展示も予定されている。 また、日本から、アジア女性リーダーForumの代表者として女性リーダー育成や平和活動に取り組む方も参加される。
文化、教育、そして子どもたちの声は、未来の平和を築くために欠かすことのできない財産である。
私は、橋本ご夫妻が創り上げた「いのち」の歌声が、Cauxとともに世界へ羽ばたいていくことを心から願っている。子どもたちの歌声が国境を越え、人々の心を結び、未来への希望となること。それこそが、私が長年Cauxから受け止め続けてきた平和への一つの貴重ま学びなのである。
憎しみを癒し、和解と対話の受容性を互いに学ぶ(場)として過去から学び、より良い未来を築くために、魅力あるテーマを企画し続ける、Cauxの理事長である、Mr. Ignacio Parker氏とその組織を支える皆様には深い尊敬とお礼の気持ちで一杯です。
Feel & Sense 国際平和文化推進 顧問
元世界銀行局長
元三菱商事役員
元米国アイゼンハワー・フェローシップ日本代表